上北だんじり TopPage




これも、パチンコタイガース前での美福連合フィナーレが終わって、大森から美木多まで帰ってくる間でのことなのですが、こちらで書いた通り、みんな、それまでの緊張から開放されホッとした感じで曳行して来ました。

本当にゆっくりゆっくりと、事故など起こり得るハズのないペースの曳行で、私も高橋交差点を超えた辺りから写真撮りを止めて、最後尾辺りをの〜んびりと付いて歩いてました。

ところがそんなゆっくりペースの曳行の中でも、


※この写真自体は大森〜美木多間で撮影したものではありません


城 拓史郎氏 だけは、相変わらず真剣な表情をしながら曳行していました。

言葉にすると ”真剣” のひと言で簡単に終わってしまうのですが、本当に一瞬たりとも気を抜く事がなく、常に周り・前方・小屋根の大工方、に忙しく目を配りながら、いつ右梃への合図が入っても良いように、綱を引いた時の身体のスペースの有無を確認・確保しながら綱を握っていました。

基本的に後梃の若衆はみんなそうなのですが、中でも彼の集中度の高さは桁違いです。

彼は泉大津に親戚がある関係で幼い頃からだんじり祭に参加していて、数十年ぶりに復活して今年が二年目の上北実曳行メンバーの中では、実質的に彼のだんじり感覚が一番新しく、経験も豊富であり、そして実際色んな部分で皆から頼りにされている存在です。 ちなみに青年團團長の 城 憲典 は彼の実弟です。

今年の祭りでは美木多他町の皆さまから、(社交辞令もあるとは思いますが)

 『上北の曳行ぶりは大したモンや。とても2年目とは思えん』

とお褒めの言葉を頂いているのですが、もし本当にそうだとすれば、その内の半分は彼のお陰だと言っても過言ではありません。


私自身、だんじりの知識ゼロの状態で開催直前辺りに参加することになったので、例えば

 『大屋根から子屋根、そして後梃への連携』

みたいな部分1つ取っても、そもそも意味の段階から全く分からず写真を撮っていました。
基本的に、サッカーのルールや流れを知らずにサッカーの写真撮りなど出来ないのと同様で、はっきり言って今年の撮影は経験不足・情報不足の当てずっぽうもいいトコロです。


みんな何も言いませんが、たぶん私の位置取りが相当邪魔になった場面もあったコトでしょう。すまんの〜皆。


試験曳きを含めた3日間を通して、だんじり曳行や祭礼の流れのだいたいのことは分かって来たつもりでいたのですが、本宮の最後に彼の集中ぶりを後ろから観察させてもらって、一番大事なコトが全然分かっていなかったことに気が付きました。


ただ、何事にしてもそうですが、分かって来ると返って難しく・・・というか、物事がやりにくくなって来る場合が多々あります。 よく分かっていない時は怖いもの知らずの勢いだけで上手く行っていたモノが、分かって来るとそれが出来なくなって結果的に目的が果たせなくなるような場合です。

例えば今回の私の場合、一般の見物人の立場として撮影するワケではありませんでしたので、『だんじり曳行の全体的な図』 以外に、出来るだけ曳行に参加した個人個人の表情や曳行模様を撮るコトを自分なりの目標にしていました。

で、そうなると、だんじり曳行の性質上、前から・横から・後ろから普通に撮っているだけだと、後ろ梃の若衆はほとんど顔が写らないことになります。

もっとも、”普通に撮って顔が写らない” というのは


横から


前から


綱の方も同じなのですが。

まあ、これはこれでだんじりらしい写真であって、ホームページで紹介する ”曳行模様の1シーン” としては悪くないとは思いますが、仮にこんな写真ばかり何千枚量産したところで、曳行に携わった個人個人にとっての記念にはならんでしょうし、誰もダウンロードして印刷したいとも思わんでしょう。

逆に個人個人を主体とした写真ばかりだと、上北以外の人 (というかその当人以外の人) にとってはほとんど意味がないでしょうし、そういう意味では 【上北だんじりモバイル】 のページはほとんど上北住民専用みたいなものです。 ホームページとしての本来の体を成していません。


ホームページとか広報に向いた写真を撮るだけなら、曳行に際して皆に迷惑掛けるコトもあまり無いでしょうし私自身も楽なのですが、もし来年も撮影係として参加するようであれば、この辺りをどう折り合わせて行くか考えながらやってみます。







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