上北だんじり TopPage




城 哲也 城 邦敏


上北、及び美福連合他町の皆さま、どうもお疲れ様でした。

平成18年度、上北撮影係の 城 哲也、城 邦敏 です。

上北以外の方のために一応説明しておきますが、私たちは別に兄弟というワケではありません。 旧町ではだいたいどこも同じかと思いますが、上北地区には 「城(じょう)」 という地名&バス停があって、なんせその周りは城ばかりです。 「石を投げれば城に当たる」 という感じ。

それはさておき、今年の祭礼は、7日の宵宮は 『時おり雨がパラつき、シートを被せると雨が止む』 という、ある意味では最悪のコンディションでしたが、おおむねに於いて宵・本の2日間に渡り秋晴れに恵まれて良かったです。

また、気の毒なことに近隣他町では人命が失われる大事故が発生してしまったそうですが、幸いにも美福連合では大きな事故も無く、その点が一番大きな意味で良い祭りだったと思います。

ただ、撮影していて一度だけ背筋が凍るようなコトがありました。






8日の本宮、14時2分。高橋交差点での七町やりまわしパレードの時です。

最初、何が起こったのか分からず普通にシャッターを切っていたのですが、『全力で走るだんじりの前で曳き手が転んだのだ』 という状況が分かった瞬間、手が震えてカメラ落としそうになるほどゾッとしました。

私自身、今までだんじり祭りに関わった事が一度もなく、正直な話、色んな意味でだんじり祭り全般のコトが今ひとつピンと来ていなかったのですが、『だんじりはホンマに命に関わる祭りなのや』 という事が実感された瞬間でした。

檜尾さん、大事無くて本当に良かったです。

結果的に無事だったから 『今年の祭りの一コマ』 としてこうして載せることも出来るわけですが、これもブレーキ係の人がしっかりと集中されていたからこそだと思います。




ブレーキ係と言えば、実は上北でも、最後の最後に 『間一髪』 の出来事がありました。 ・・・というかあったらしいです。

本宮の夕方、パチンコタイガース前での美福連合合同フィナーレが終わった後、上北の一団は大森から美木多まで、小さな子供も曳行に参加しながらゆっくりのんびりと帰ってました。

この時点で平成18年度の、やりまわしなど 「気合と緊張を伴う曳行」 の予定は実質的に全て終了していて、皆一様に気分的にホッとしながら、それまでの真剣な表情とは変わった和やかな雰囲気で曳行していました。

で、美木多の手前100mくらいのところまで帰ってきたトコロで、小さな子供には離れてもらって、今年最後を締めくくる直線ダッシュをすることになりました。


その時の模様


で、先ほど 『・・・というかあったらしい』 と書いた通り、私自身はこの位置で写真撮りしていて、この時点ではご覧の通り地車は道のほぼド真ん中を走っています。

トコロが、後で知ったことなのですが、今年の上北地車は直線で右に振れる傾向があったらしく、地車が私の横を通り過ぎる辺りで




一度これくらいの後梃が入ります。

トコロがこれでもだんじりの進行方向を修正し切れず、そのまま右に振れ続けて・・・


若頭会副会長:吉田 雄一 談

『電柱が目の前に迫って来て、もう半分以上ブレーキ踏みかけとった。
そやけど團の連中みんな一生懸命やってきて、最後の最後に華飾ろう思て一つになってのダッシュやった。ホンマ半分以上ブレーキ踏みかけとったけど、ここでブレーキ踏んだら團の気持ちにブレーキ掛けてまうと思たら、どうしても踏めんかった』


大工方:中尾 渡 談

『死ぬか思いました』


撮影係:城 哲也 談

『全っ然知りませんでした』


で、ブレーキ係の吉田氏が 『マジでもうアカン』 と思って



 『梃ぉ!!』



と叫んだらしいのですが、それとほぼ同時か、ほんの一瞬早く、左前梃の





中井 良徳 氏が快心の一撃で前梃を噛まし、紙一重で大屋根が電柱をかわしてくれたそうです。
何しろ團の全身全霊が乗ったスピードだったので、この中井氏の前梃があと少しでも遅かったり緩かったりしたら間違いなく電柱折って大屋根は大破していたとのこと。


『ブレーキを踏むのも判断、踏まないのも判断。
分かっててもブレーキ踏めん時もあるし、
それを支えたのが全員の気持ちやった。
最後の最後に、ホンマに上北が一つになった
と思た』


ちなみにこの吉田氏、来年は十五人組を作ってその組長をやりたがっているのですが、この時の判断がみんなから絶大の支持を受けて


『永久ブレーキ責任者』


となる可能性が高そうです。



・・・てか、たぶんそうなるでしょう。。。







Copyright© 上北自治会地車保存会 AllrightsReserved.